「グリッドシーカー」制作スタッフからのメッセージ

「グリッドシーカー」(1992:アーケード)の開発に参加していたスタッフに当時の思い出を語っていただきました。

大島 司氏 (株式会社タイトー:ゲームデザイナー)

グリッドシーカーはタイトーに入社2年後に初めてメイン企画として参加させて頂いた、とても思い出深いタイトルです。

ちなみに敵弾を吸収してボンバーにするという大胆なアイデアは、プログラムを担当した金子氏によるもので、私はゲーム化に当たっての仕様の肉付けと制作進行(と呼ばれる雑務全般)、ドット化する前のキャラクターデザインを担当しました。


世界観は1991年(リリースの前年)実際に中東で起こった湾岸戦争がベースになっていて、それが翌年終わらず、世界的規模の戦争にまで発展してしまった架空世界を描いています。

現在なら不謹慎極まりないと周囲から叩かれてしまうような設定ですが、当時はこういう時事ネタをゲームに取り入れるのは割と当たり前だったんですよね。おおらかな時代でした。


と、そんな昔話はさておき、サウンドの話を少し。

基本的には最初の打ち合わせでステージのイメージを古川さんに伝えて、後はほとんどお任せだったのですが、1面に関してはとにかくキャッチな曲、5面の高高度の夜景ステージは多少場違いでも良いからピアノソロが似合うロマンティックな曲をお願いしたように覚えています。今思うとなんとも抽象的で古川さんには申し訳無い限りですが、出来上がった曲はどれも素晴らしく、あの時に余計な注文をしなかったのが良かったのかもなぁと、今更ながら思ったりしている今日この頃です(笑)



古川典裕氏 (元ZUNTATA、現フリーコンポーザー)

グリッドシーカーの作業をしていたのは今からちょうど20年前、1992年のことでした。初めて担当するシューティングゲームということで、自分で言うのもなんですが、とにかく懸命に作業していたのを憶えています。

BGMはもちろんのこと、効果音、音声もほぼ全て自分一人で作っていました(唯一、タイトーシグネチャーの音声だけは、あの大 先輩に喋っていただいてますが)。

今聴き返してみると、ところどころアラだらけの楽曲群。けれども、当時の”熱さ”はくっきりと焼きついています。当時から聴いていた人達には懐かしく、初めて聴く人達には新しく。

でも、どちらの人達にもこの”熱さ”が伝わってくれたら、嬉しいです。